7月 092014
 

毎日新聞によると。

 東京電力の責任を認めさせたい−−。母の死を問う切実な思いを、国は受け止めていなかった。福島第1原発事故の賠償を取り扱う「原子力損害賠償紛争解決センター」が、あらかじめ「東電の賠償責任は50%」と定めていた問題。元気だった母は、13日間で約600キロに及ぶ避難を余儀なくされ、帰らぬ人になった。「人ごとぐらいにしか考えていないのか」。男性はため息をつき肩を落とした。

 男性は福島県南相馬市の無職、遠藤充人(みつひと)さん(76)。市内の特別養護老人ホームに入所していた母キヨエさん(当時92歳)は、認知症で要介護状態だったが、目立った病気はなく、時折訪れるひ孫らと好物のケーキを一緒に食べ、笑顔で会話も交わしていた。

 穏やかな生活は原発事故で一変した。翌日の2011年3月12日、市内の別の特養に移動。食料不足などで、さらに同19日から20日にかけ、横浜市旭区の施設にバスで約10時間かけて移動した。横浜市の施設が定員オーバーのため、再び山形市の施設まで約10時間かけてバスで移動。同24日の到着時に肺炎を発症し緊急入院した。

 遠藤さんが3日後に病院に駆けつけると、キヨエさんは声をかけても、少し顔を動かすだけで会話もできなくなっていた。容体はほとんど変わらないまま転院を繰り返し、9月6日に亡くなった。

 遠藤さんは同年冬、死亡慰謝料や交通費などを東電に直接請求した。死亡慰謝料の項目は空欄。どう書けばよいか分からなかったからだ。東電から何度も記入を求められたが書き込めず、12年夏に交通費など約100万円だけが支払われた。

 毎朝、仏壇にお茶と線香を供える日々。遺影を目にするたび「原発事故がなければこんなに早く死ななかった」と思った。東電に責任を認めさせたい−−。裁判外で紛争解決を行う手続き(原発ADR)を利用するため、「長距離移動で負担がかかり肺炎になった」とする医師の診断書を添え、13年2月、センターに申し立てた。

 同11月、東電が準備書面を出した。高齢で要介護状態だったとして「寄与度50%の賠償が妥当」と主張する内容だ。センターは今年1月、原発事故の寄与度を50%とし、慰謝料を900万円とする和解案を提示した。減額の理由は、東電の主張を丸のみするかのように「高齢で要介護状態だったため」。納得できなかったが「裁判をする気力や時間が残っていない」と、和解を受け入れた。

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